サンブルー  (2013年)

 

あなたはオーストラリア出身ですが、ここ数年、日本だけでなく世界中で緊縛師お よびパフォーマーとして活動されています。大阪に引っ越して来られる前からすで にこの仕事をされていたのでしょうか? また、どのような経緯でそこにたどり着 いたのでしょうか? 

 

いえ、日本に来るまでは、緊縛や BDSM とは無縁でした。舞台に立ったこともありま せんでしたし、それを職業にするとも考えてもみませんでした。

緊縛への興味は、アムステルダムの裏通りにある小さなセックスショップで緊縛写 真集を目にしたのがきっかけです。その時の私は 19 歳で、それから5年後に日本に 住み始めてから緊縛師としての稽古を始めました。 

日本に来た 1 年後、幸運なことに私は、フェティッシュイベントでイギリス人女性 Ellie Streichholz(エリー・ストレイホルズ)さんと出会い、彼女は私を MATRIX という SM&ボンデージバーに紹介してくれました。そこにお客として通い、緊縛へ の真摯なる興味を示した甲斐あって、ついに見習い女王(ドミナトリックス)とし て働かせてもらえることになりました。 

MATRIX での仕事は、私を今までとは全く違う世界へ引き込み、かなり早い段階で自 然にその波に乗ることができました。その深み、ダイナミックさ、そして美しさ が、もっと知りたいという私の好奇心と情熱を覚醒させました。 Matrix にいる間 は、高嶺蓮師匠から緊縛術を学び、その後、他の大阪を拠点とする色々な縄師から 技術を習得しました。 高嶺蓮師匠が自分の名前から「嶺」の漢字を1文字入れた「ミラ嶺花」を私に命名 してくださったのと同時期に、九条 OS から出演依頼が来ました。 SM&緊縛の舞台 として有名な会場です。その頃から、知らない間に活動範囲がどんどん広がって行 き、地元のイベントでの公演に呼んでいただいたり、のちに世界的なイベントの依 頼にもつながっていきました。 

 

日本が“縛り”の発祥の地であることと、縄師は伝統的に男性であるという一般論 から見て、あなたの場合、女性、しかも西洋人でありますが、それについてはどの ようにお考えですか? また、あなたは縛りの伝統に従うことにこだわっています か、それともアメリカのボンデージとミックスさせたいと考えることはあります か? 

 

この質問に答えるには一部の人が言うように、「伝統的な緊縛または縛りの定義とは?」を最初に考えなければなりません。緊縛は長い歴史とそれに関連した文化を持つ日本特有のものです。他の文化と同様に、緊縛は際立った文化で、環境の変化や新しいアイデア、欲求、ニーズに合わせて常にスタイルを変え続けています。日本では、多様なスタイルがあり、様々な縄師の中には、より伝統を追求する縄師とと革新的な縄師がいます。さらに、パフォーマンスの場が広がり、緊縛がますますオープンになるにつれて、伝統的スタイルでは見られない、多数の吊り紐付きのさ

らにダイナミックな縛りも見られるようになっています。

 

さきほどの問いに対する答えですが、私はこれまで日本でしか教わったことがなく、「アメリカンボンデージ」への経験は非常に限られています。したがって私のスタイルは「日本の緊縛」と言えるかと思います。私が今まで習って来たものは、日本の文化と日本の緊縛の基礎、軸となる概念であり、そこから私の考えと知識を培ってきました。それをさらに深く理解した上で縛りをするために日々努力し続けています。

 

女性の西洋の緊縛師として、これまでの道のりは容易くはありませんでした。しかし、一概に、私の国籍や性別が問題であったとは思いません。どんな職業においても本人の努力なしでは、世間から認めてもらい、尊敬の念を得ることは不可能です。そして、自分の「誇り」や「自我」を脇に置き、ちゃんと理解していないことや、同意していないことでも、我慢しながらやっている例もとても多いということなのです。

 

しかし、こういう長い旅の一部であるいろいろな経験は、いかに小さなものであっても、進歩と発展につながる大事な過程であると考えます。私にとっての最大の目標は、この世界で認められたいということでした。外国人としてでも女性としてでもなく、素晴らしい縄師として認められたいと思っていました。さらに、言語と文化の壁を乗り越えなければいけないという大きな挑戦があり、それゆえ、私は緊縛技術とコンセプトに加え、社会的行動や文化、言語の微妙な違いや規則を理解するために最大限の努力をしてきました。

 

世界中の BDSM やフェティッシュ関連の仕事で頻繁に旅行をするようですが、世界 で好きな縄師はいますか?またその理由は? 

 

正直なところ、欧米のフェティッシュと SM シーンになると私はまだまだ世間知らず でしょう。自分がオーストラリア人で西洋人であるにも関わらず、フェティッシュ 社会においては、欧米で自分の文化圏の中にいても、しばしば外国人のように感じ ます。 「ああ、なるほどそういうわけで、彼らはここでそれをするのか」のよう に、外から見ている気がします。 

一方で、BDSM 、緊縛は文化を超えたものであり、それぞれの人の環境にかかわら ず、みんな最終的には同じ目標を目指していると思います。ただし、正確に特定す るのは困難ですが、微妙な違いはたくさんあり、それは目に見えて明白です。 

たとえば、恥、罪悪感、屈辱感に対する精神が日本人と西洋人の間でかなり異なっていると感じます。それは、縛る人と縛られる人との人の間の力や反応にかなり影響してきます。さらに、緊縛はいまだに西側ではまったく新しいものであり、それ故、異様なほど大騒ぎした状況になっています。これは、緊縛の長い歴史をもつ日本では見られないことです。

 

ベルリンにいる間、特に気に入った緊縛師はいませんでしたが、緊縛と BDSM に対し てかなり進歩的な展望があり、開放感にあふれていると思いました。 Schwelle 7 では、瞑想、タントラ、表情豊かな動きを BDSM 、 緊縛と組み合わせたワークショ ップで数多く行っていたようです。これは私が今まで経験したことがなく、さらに 探求していくと非常におもしろくなりそうです。 

 

日本で公演していますが、どこで行われますか。あなたはフェティッシュなクラブ や会場で独占的に公演していますか? 

私は Fetish や SM に限らず、非常に多様なサブカルチャーイベントや会場で演じま す。例えば、私はよく DJ のいる音楽イベントや、アングラのアートイベントに出演 するよう求められます。 DJ 付き 音楽イベントでの公演の時は、イベントのテーマ に合わせて、速く、より精巧に視覚的なパフォーマンスを演じることがよくありま す。これにより、自分のスタイルや原型を損なうことなく、より幅広いユーザーに アピールできるようになると思います。こういうさまざまな環境で、あらゆるオー ディエンスからの期待を背負っての挑戦は、すごくエキサイティングです。 

 

好きな緊縛師は?モデルは? 

 

私が見たすべての緊縛ショーの中では、縄師神凪さんのショーが最高に感動的で、 最も深く影響を受けました。クラブX(大阪の大黒町にある地元の緊縛サロン)の武田さんと、そして獅子若さんは私の最初の2 年間、緊縛について多くのことを教えてくれました。縄師としての彼らの 取り組み方と存在感を尊敬し、賞賛します。もちろん、私の師匠である高嶺蓮さんには、いつも助言をいただきながら支えていただいており、この上なく感謝しています。 

 

どのような縄を使いますか? あなたが特に好きな他の小道具は何ですか? 

私は今まで麻縄しか使ったことがありません。麻縄は、日本で緊縛に使用されてい る最も一般的な縄で、私にも使いやすいです。他の小道具...そうですね...それは 私の気分にもよりますが、たいてい縄と同時に鞭やろうそくを使うのが好きです。 

注:緊縛が国際的に特定のジャンルとみなされ始め、さらに最近では一般社会での 露出も増えたことから、緊縛を BDSM とは別ものとして扱う傾向がで始めたようで す。私はこれに関して何の異議もありませんが、このインタビューの目的のために は、私は緊縛は BDSM の一種であると述べたいと思いますし、そのため、この 2 つの 分野を別々のものとは考えていません。

ミラ嶺花インタビュー